
大正時代から続くご実家へ
先日、ご実家整理のご依頼で、大正時代から続く古いお宅へ伺いました。
長い年月を経た板張りの外壁、木製の建具、細かな凹凸の入った古いガラス。玄関に立った瞬間から、今の住宅とはまったく違う空気が流れていました。
仕事柄、これまでにも古い家や蔵、商家などへ数多く伺ってきましたが、私はこうした昔の建物が個人的にとても好きです。
柱や建具に傷があっても、それは長い間、人が暮らしてきた証です。新品のようなきれいさとは違いますが、何十年、時には百年近く使われてきた物にしか出せない味わいがあります。
西洋風なのに、どこか日本らしい
特に心をひかれるのが、明治から大正、戦前にかけて作られた家具や照明、建具です。
明治時代以降、日本には西洋の建築や生活文化が急速に入ってきました。しかし、当時の職人たちは西洋の形をそのまままねるのではなく、日本の木工技術や感覚を交えながら、新しい物を作っていきました。
洋風の椅子やテーブルであっても、使われている木や組み方には日本の家具らしさがあり、装飾も派手すぎません。明治のランプや大正期の電気シェードにも、西洋風の華やかさがありながら、和室や木造家屋に不思議となじむ落ち着きがあります。
西洋文化を取り入れながら、日本人の暮らしに合うように作られた物。私は、そこに大正浪漫と呼ばれる時代の魅力があるように思います。
明治以降の日本では、洋風建築や家具が広まりながらも、従来の和風建築や職人技と混ざり合った独特の様式が生まれました。完全な洋風でもなく、昔ながらの和風だけでもない。その中間にある少し不思議な美しさが、今見ても新鮮に感じられます。
昔の電気シェードやランプの魅力
昔の家に伺うと、乳白色のガラスシェードや、花のような形をした電笠、真鍮の金具が使われた照明などが残されていることがあります。
現在の照明器具のように部屋全体を明るく照らす物ではありませんが、灯りをつけると、柔らかな光がガラス越しに広がります。
気泡やわずかなゆがみが見られる古いガラスもあります。均一ではないところが、かえって温かく感じられるのです。
古いランプや電気シェードは、ガラスの形、色、金具、製造方法、欠けや傷、当時の部品が残っているかなどによって評価が変わります。汚れていたとしても、強く洗ったり部品を外したりせず、そのまま残しておく方がよいこともあります。
古い家とともに失われていく物
近年は、こうした古いお宅へ伺う機会も少しずつ減ってきました。
建物の老朽化や相続、空き家の問題もあり、取り壊しになるのは仕方のないことだと思います。実際に維持していくには、費用も手間もかかります。
それでも、長い年月を過ごしてきた家が解体され、木の建具や照明、家具まで一緒に処分されていくのを見ると、古い物が好きな者としては、やはり少し寂しく感じます。
昔の建物や道具は、一度失われてしまえば、まったく同じ物を作ることはできません。
材料が違い、職人の仕事も違い、当時の生活の中で使われてきた時間そのものが違うからです。
すべてを残すことはできなくても
もちろん、古い家にある物をすべて残すことはできません。
傷んでいる物、現在の暮らしでは使いにくい物、どうしても処分せざるを得ない物もあります。
ただ、その中に明治や大正のランプ、古い電気シェード、戦前の椅子や机、小さな引き出し、時計、ガラス製品、金属の置物、古い看板、建具の金具などが残っていたら、捨てる前に一度立ち止まって見てほしいと思います。
有名な作家物や高価な美術品でなくても、その時代の暮らしや職人仕事を伝える物があります。
今回のご実家でも、建物や残されていた品々を拝見しながら、この家で何代ものご家族が生活してきたのだろうなと感じました。
古い物を扱う仕事をしていると、品物の値段だけでなく、その背景にある時間に触れることがあります。
これからも、すべてを救えるわけではありませんが、次の方へ受け継げる物はできるだけ見つけていきたいと思っています。
少し個人的な話になりましたが、大正時代から続く古いお宅を訪ね、改めてそんなことを感じた一日でした。
古い家の整理で見つかった物もご相談ください
明治・大正・戦前の家具や照明、古道具、骨董品など、価値や用途が分からない物も丁寧に拝見します。ご実家整理や解体前のお片付けで古い物が見つかった際は、処分する前に彩古へご相談ください。

